人を許すことの大切さ
こんにちは、タートルです。今回のテーマは人を許すことの大切さです。
何故今回のテーマを選んだかというと
日々生活をしていて、怒りや悲しみの感情に出くわすことは沢山あります。
仕事や、趣味等様々な場面で、許したほうが良いのかな、又は意見を言ったほうが
良いのかなと、沢山の方が悩まれていることだと思います。
僕が個人的に思うのが、怒りや悲しみは一過性のもので
一日が過ぎればああ、あんなことだったなと思うことが多いのかなと思うのです。
ストレスの貯めすぎは体に毒ですが、お互いが許しあえば、長い目で見れば
ストレスは少ないのかなと思い、この記事を書きました。
僕が学生時代から、引きこもり、社会に出てからの、許すという言葉に対して
自分なりの体験記を踏まえ、とらえ方を書きます
学生時代は、怒ってばっかりでもないし、凄く優しい人間でもない
ノーマルな感じの人だったと、僕個人のことを思います。
嫌なことがあれば、たまには、怒り、いちいち言うのもめんどくさいなと思えば
言わない。そんな学生時代でした。
引きこもってるときは、外の人との接触はほとんどなかったので、外部の人には、怒ったりはしませんでしたが、家の中では、暴れたりおこってばかりいました。
この時は、我慢ということをほとんどせず、家の中で、王様のような感じで
まあ、簡単に言うと嫌な人でした。
社会に出るにしたがって、怒ってばかりいる自分では、いかなくなりました。
コミュニティーに行けば、怒ってばかりいる人には、あまりしゃべりたくないですよね汗
そうして、僕は、段々、人を許す、怒らない、文句を言わないと自分に言い聞かせて
自然と、怒らない自分が出来てきました。
今の自分と引きこもっていた自分を比べると、メンタル的には、今の方が楽かなと思います。
楽に安心して生きたいという気持ちが強いのであれば、許すというのはネックになるのかなあと思います。
最初に、怒りのシーンに出くわしたとき僕の場合、人より鈍感なのか
その時は怒りは覚えないのです
半日以降経ち一人でいるときとかに
あれ、なんか腹立つなとか、そういう経験はないでしょうか?
そうしたときに、改めてその人に言おうかなとか、思うのかなと思います
そうしたときに、生きずらいなあという気持ちになる時が僕は
今でも少しあります。
許せないという感情と、生きずらいという感情は、同居するような気がします。
許せないってこだわりだと、思うんです。
仕事のやり方、人との付き合い方等に人は、こだわりがありますよね。
そこで、僕は私は、ここが許せないって言うのは、普通の感情だと思うのですが
でも、人とうまくやっていきたいとか、友達が作りたいといった気持ちがあるのであれば
お互いに、片方だけではなく、まあいっか、しょうがないという気持ちを
持ち合うことで、うまくも行くし、長い付き合いの友達も出来ると思うんです。
家族だってそうです、距離の近い人ほど許すって、難しいですよね汗
でも、お互いに怒ってばかりいれば、周りからは、幼いなとか
思われてしまうのも事実ですし・・
人との関係で許すことでどんな良いことがあるかというと
・人に必要とされます
あの人は、いると安心するよね等々
・ひょんなことから、友達が出来たりします
話しかけてみたら善い人だ、とりあえず、知り合いになろうみたいな感じです
・親しい人に信頼される
あの人は、簡単なことでは怒らないよね、相談してみようかなとか
この話題も、人によって、様々ですので、言いたいことは言っても良いじゃないか
そんな、ストレスのかかる、生き方はしたくないよ等々
でも、許したとき、あの時ごめんねとか言ったとき、相手に笑顔が出てきたときなんか
これは、幸せな事だと思います。
ここまで、きじをよんでくださって、ありがとうございました。